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Journey of Nobel Prize for Medicine

ノーベル生理医学賞のすべてを少しずつ追う旅

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (精神疾患)

おまけ2 主要死因の変遷

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。

notion: The resources on this site should not be used as a substitute for professional medical care or advice.]

2000年までにおいて、情報化社会となることで人間がたえずストレスにさらされるようになり、生活習慣病をもたらしていることを紹介した。情報化社会がもたらすものは合理化と効率化で、これが生物学的な人間の生理を超える生活をもたらしている。そのもうひとつの側面として、精神疾患に罹患する患者が増加している。厚生労働省の提示している統計に拠れば、2000年を境にして、主にうつ病患者数が増加しており、現在では精神疾患の中に占める患者数の割合が1番多い疾患となっている。統合失調症は2000年までは患者数の割合が1番多い疾患であったが、他にもてんかん epilepsyや不安障害、依存症などの疾患は、時代を経ても患者数が横ばいである。実際に精神疾患の患者総数を底上げしているものは、うつ病アルツハイマーなのである。(6)

(6)

自殺とは、英語表記で Suicidal Behavior :SB と書き、おそらく今後かなりの問題となる。精神疾患に罹患している人間は、自殺のリスクが高いのである。そして精神疾患罹患率は増加の一途を辿っており、世界中においては罹患者数がもっとも多い疾患となっている。2010年には世界中に1億8390万時間の損失生存可能年数があり、精神障害および物質使用障害者が原因であった。1990年から2010年にかけてDALYは上昇しており、精神疾患者の早死が問題となるだろう。疾病負担は、感染症COPDよりも高く、もっとも疾病負担の高い疾患なのである(7)。

ただし、自殺率が上昇するかどうかは、統計の結果をみると断言はできない。うつ病を悪化させた最終段階が自殺であるとは定義できず、社会的な文化や経済状態におおきく左右されるため、的確な予測というものはたてづらい。証拠として、1990年付近の日本はバブル景気であるし、1900年から1930年にかけて自殺率がもっとも高かったドイツは、国内情勢が常に不安定であった。終戦後から高度経済成長期に至るまでの時期には、日本が自殺率がもっとも高い国であるし、ソ連崩壊直後のロシアは自殺率が急上昇して世界一位であった。社会の仕組みが大きく転換する時期に、自殺率が上昇している。日本はここ数年にかけては減少傾向にありが、これも社会の影響を如実に受けている結果であろう。

(11)

以上の結果より、主要死因の中で自殺が占める割合がどのように変化するかは予測できない。むしろ社会情勢によるところが大きく、医学として予測する必要性がないという見方もできるだろう。

ただし、うつ病の罹患者が上昇していることは間違いが無く、死因ではなく有病率でみれば、精神疾患の罹患者がもっとも多い。メンタルヘルス障害の有病率と自殺率は相関しないので、精神疾患の患者数が増えることが自殺率の上昇には直接関連するとは考えにくい。たとえば、2003年にアメリカにおいてメンタルヘルスの年間有病率は26.4%で、これは世界一位であったのだが、自殺率は諸外国よりも低い結果である。(12)

ただし、これは精神障害の治療効果を過小評価するものではない。死因で観察するのは疫学的な手法であるが、障害調整生命年 disability-adjusted life year :DALY で評価すると、精神疾患のDALYは脳血管疾患を抜いて1位である(13)。その経緯としては、従来まで感染症が占めるDALYの割合が高かったのであるが、感染症は予防もしくは治療できるようになったため、潜在していた精神疾患のDALYが占める割合が上昇することになったのである。DALYは健康被害が圧倒的に大きいことを意味している。

精神疾患罹患率は上昇し、その影響は死亡率ではなく社会的な経済損失として拡大していくことが予測される。

日本は圧倒的に精神病棟の数が多く世界中を見ても異例の多さである。その入院者の半分以上は統合失調症が占めるのであるが、近年は多少は減少傾向にある。

一方で西洋は精神病棟数が少ないのであるが、2007年のEUにおける認知症コストは1650億ポンドで、その70%は家族の無償介護などをふくむインフォーマルケアによる機会損失であった。(14)

つまり、日本が異常に精神病患者が多いというのではなく、治療の場として精神病棟か家庭のどちらかを選んでいるという話に過ぎない。厚生労働省の検討会は、精神病棟の数を減らす方向で議論をすすめている(15)。これが、隔離政策の縮小に繋がるであろうが、精神疾患の疾病負担を家庭に分配するだけなのではないかとも見れる。大切なことは、精神疾患を確実に治すことであり、そのためには医学が行うべきことは精神疾患の生物学的な研究が重要なのである。

上記までは、自殺や精神疾患の社会影響 environmental influencesについてみてきた。次は、個人の生物学的影響 subject's biology についてみていきたい。

James Watson によれば、精神疾患を理解するということは脳を理解するということに他ならないという(1)。実際にその通りである。脳の中で、どのように記憶が保存されているのか、それは一つの細胞の中なのか、それとも複数の細胞が関連しながら行われているのか。また、人間の決断という思考行動は、どのような細胞のまとまりで行われているのか。細胞同士のネットワークによって高次機能が行われているとして、大脳には数百億個の細胞、小脳には千億個の細胞がある(2)。それらが互いにネットワークを結ぶ場合の数は、可能性としては天文学的な数値になってしまう。あまりに複雑で、根本的なことがまったくわかっていない。つまり、どのように細胞同士が連携をとると高次機能が獲得できるのかということがわからない。感情の居所などは、その顕著な例である。

脳の高次機能がわからない状態であるから、高次機能が障害された状況についても、多くがわかっていない。医学における最大の問題は、脳がわかっていないということであろう。脳がわからなければ、Alzheimer's diseaseや精神疾患を治療することができない。現に精神疾患については、世界中で罹患率が上昇しているし、臨床試験の結果を見ると、精神薬とプラセボとの差がなかったり、実際の臨床において死亡リスクが上昇する例すら報告された(4)。

そこで、2013年JAMA Psychiatryに報告された内容では、1990年から2011年までに承認された向精神薬について報告した論文を再調査した(5)。具体的には、論文の結果同士を精査しながらあつめて検討し、統計学としてはより密度の高い正規分布を得た。このような手法を、メタアナリシス metaanalysisと呼ぶ。

結果は、気分安定薬抗精神病薬などは死亡リスクを下げていたが、四環系抗うつ薬は死亡リスクが2.0倍に上がっていた。こういったことがあるので、向精神薬の承認や治療計画の策定は、より注意深くなければならない。

とはいえ、死亡リスクを下げる薬は存在はしている。ちなみに、抗精神病薬とは、統合失調症 Schizophreniaや躁鬱病 bipolar disorder に用いられるもので、向精神薬とは精神疾患に使用されるすべての薬の総称として区別されている。発音が似ているのでしっかりと区別しなければならない。

この試験において、一般人口の全死亡率と精神疾患罹患者の死亡率を比較している。その結果,統合失調症は1,249人(95%CI 1,029~1,469),うつ病は1,045人(同844~1,246),双極性障害は1,000人(同654~1.346),不安障害は222人(同28~416),ADHDはゼロであった。

これらを、死亡リスクをオッズ比 Odds Ratio :OR で算出する。オッズ比は確率同士の比で検証するために用いられている。この試験では、全人口の死亡率を分母として、精神疾患者の中での死亡率を分子として計算する。

結果は、統合失調症は3.8倍、うつ病 Major depression は3.1倍、双極性障害は3.0倍と、おおよそ一般人口より3倍死亡しやすい(5)。

精神医学の一番の問題点は、疾患の的確なバイオマーカーが存在しないという点である。

脳がわかっていない以上、精神病によって脳の回路が変化しているのか、それとも水溶性や脂溶性の化学物質の放出に変化があるのか明確な基準がない。科学的な明瞭性が不在のままなのである。

そのため、DSM-5という言語性の統一基準をつくり、精神科医が問診をおこなうことでカルテを作るという手法が取られている。つまり、対人的にコミュニケーションをとり、受診者の言語応答や態度を観察し、過去の気分的な症状を聞き取り、それらを記入するという作業でカルテが作られる。DSMシリーズには疾患にあわせた要件が書いてあるので、カルテの内容からDSMを照合して疾患が診断される。

一番の問題は、問診が科学的ではなく言語性なので、精神科医の技量で内容が変化する点である。問診の結果によって診断内容が変わるので、すなわち治療方針が変わるのである。これは誤診が発生することと、誤診を防ぐ手だてすらないことを示している。

過去の気分的な症状など患者の気分次第で幾らでも変わってしまうという主張もある。

また、うつ病のモデルマウスも存在しているが、「マウスのうつ病と、人間のうつ病が同じなものか」と疑問を呈する精神科医も居る。つまり、精神が霊長類レベルの高次機能であるとするならば、マウスに投与して薬の有用性を確かめている現在の医学は、方向として間違っているということである。

さらに難解な問題として、人間の脳は、生きたまま実験で切り開くことなど不可能であるし、死亡解剖の時点で脳の機能は失われているので、解剖学的な研究には手法的な限界がある。とはいえ、脳の物理的な構造をみなければネットワークの構造そのものが理解できないので、解剖学的な手法を過小評価することは危険である。(1)

今後の医学としては、非侵襲的な脳の研究手法と、ゲノム解析の手法が取りうる。

名古屋にある生理学研究所定藤研究室では、fMRIを二台用いることで、コミュニケーションを取る際の脳内の活動について研究している。非侵襲的な脳の研究手法として、MRIは脳の血流変化を検知して脳の機能領域を調べることができる。これは解剖学的な手法に近い。(8)

また、精神疾患有病率がある特定の遺伝子変異によって変化するという報告が、近年多く発表されている。うつ病について、コピー数多型によるものが報告されている(9)。自閉症スペクトラムには遺伝要因と環境要因が同等に含まれているという(http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2014/M47240361/)。また、DNAメチル化によって統合失調症の病態生理に関わっている。脳内の主要な神経栄養因子であるBDNFがメチル化されているという。そうなると、脳内において神経伝達の機能が障害されるだろう。エピゲノム解析の利点は、末梢血の遊離DNAを調べることで統合失調症かどうか判断できる点である(10)。つまり、バイオマーカーにできるのである。さらには個人のエピゲノム解析は、テーラーメイド医療に発展させる可能性も含んでいる。

ヒトゲノムは既に明らかになっているので、疾患者のゲノムとの相違を検討し、その遺伝子がどのような機能を持っているのかを調べるという逆遺伝学の手法が有効であろう。これらの方法で、バイオマーカーを設定することは将来可能かもしれない。

結論として、精神疾患の解明は、脳内の神経伝達物質やタンパク質など、分子レベルでの欠失はゲノム解析や逆遺伝学の手法でこれからも探求していけるだろう。一方で、解剖学的に脳の物理的な構造をみなければネットワークの構造が理解できない。脳がネットワークを構築する発生時期に着目するなど、脳の発生生物学を集中して研究することが有効である。次のブレイクするーは、解剖学的な手法でもたらされるのではないかと、James Watonの発言からは示唆される。(1)

Ref.

1, 『知の逆転, 吉成真由美ほか, NHK出版新書, 2012』

2, http://www.brain.riken.jp/jp/aware/neurons.html

3, http://www.tonegawalab.org

4, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19144938

5, http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1733743

6, http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/data.html

7, 世界の疾病負担研究2010 GBD2010 より。詳細はhttp://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46410031/を参照のこと。

8, http://www.nips.ac.jp/fmritms/

9, http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press_20131224_01.pdf

10, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46240161/

11, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2774.html

12, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2140.html

13, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2050.html

14, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2011/M44510111/

15, http://blog.goo.ne.jp/tenkansisetu/e/7b61ae11105b43c2c3c5509528ca7d7e