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Journey of Nobel Prize for Medicine

ノーベル生理医学賞のすべてを少しずつ追う旅

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (脳の加齢)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。

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2000年以後には、老化の問題が顕著化するであろう。即ち、高齢者が増加するので老化現象に随伴する疾患が顕著化するという意味である。

老化とは、加齢とも言い換えることが出来る。加齢とは、今の医学において疾患とは認識されていない。加齢とは自然現象である。疾患という言葉にはさまざまな定義があるが、どの定義を適用するにしても、加齢が疾患だと明瞭に定義された例は社会的地位を保っている医学領域の中ではひとつもない。そして今後も疾患として認識されることはないであろうから、高齢化による問題とは、医学の問題というよりは医療の問題である。疾患ではない以上、医学が学問として取り扱うことはないからである。

そうなれば、医学は加齢を疾患として研究できないが、加齢に随伴する疾患であれば研究対象にする。言葉としてもわかりやすい例は、加齢黄斑変性 age-related macular degeneration : AMD という疾患である。これは眼科において取り扱っており、加齢によって網膜の黄斑という組織が変性するので最終的に失明してしまう疾患である。AMDはwet typeとdry typeの二種類の病理があるが(1)、有病率が高いのはwet typeの方である。これは網膜へ毛細血管が新しく伸びて来るという異常な血管新生 angiogenesis がおこり、出血して老廃物を貯留させることで、組織を変性させるのである。

AMDの原因は研究されているし、日本で行われているiPS細胞を用いた臨床試験は滲出型加齢黄斑変性を対象に行われている。(2)

加齢に随伴する疾患で恐ろしいものは、アルツハイマー病 Alzheimer's dieease であろう。もしくは、認知症 dementiaであったり、特に老年における精神疾患であるかもしれない。つまり脳の機能異常や不全に関連する有病率の増加である。

海馬においては、新規に記憶される短期記憶が、後から来る次の記憶を受け入れることで消去されることが分かりつつある。つまり、海馬で記憶をするために、その組織においてニューロンのネットワークが組みかえられているのである。また一部の記憶に関しては、大脳皮質に移行されて長期記憶として保存されることがわかっている。

しかし、この記憶がどのように失われていくのか、その原因の根本的な解明には至っていない。認知症は記憶の低下を主症状としている。

免疫グロブリンの遺伝子再構成を発見してノーベル賞を受賞した利根川進は、現在はアメリカMITのPicower Institute for Learning and memoryにて記憶の研究をしている(3)。免疫学でノーベル賞まで取った研究者が、次のフロンティアとして脳科学を選択している点は興味深い。というのも免疫学と学習・記憶に関する脳科学は、まったく別の分野への転向なのである。自らのよく知る分野を離れる決断をするに足りる、知的好奇心を満たす分野が脳科学であったということである。いいかえれば、それだけ未知で複雑な部分が多すぎるのである。

現在、脳の機能低下によってもたらされる疾病でかつ罹患率の上昇しているものは、うつ病アルツハイマー病である。後者は脳の加齢によって発病していることが明らかであるが、前者についても高齢者はかかりやすい。どちらも直接の死因とならないので、主要死因のデータだけで見ると過小評価されてしまう。しかし、個人の人生にとって相当な負担となる疾患である。これらを精力的に解明し、治療方法を開発していくことが2000年以後の医学において主要課題となるだろう。

Ref.

1, http://en.wikipedia.org/wiki/Macular_degeneration

2, http://www.riken-ibri.jp/AMD/research/index.html

3, http://www.tonegawalab.org 

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (精神疾患)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。

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2000年までにおいて、情報化社会となることで人間がたえずストレスにさらされるようになり、生活習慣病をもたらしていることを紹介した。情報化社会がもたらすものは合理化と効率化で、これが生物学的な人間の生理を超える生活をもたらしている。そのもうひとつの側面として、精神疾患に罹患する患者が増加している。厚生労働省の提示している統計に拠れば、2000年を境にして、主にうつ病患者数が増加しており、現在では精神疾患の中に占める患者数の割合が1番多い疾患となっている。統合失調症は2000年までは患者数の割合が1番多い疾患であったが、他にもてんかん epilepsyや不安障害、依存症などの疾患は、時代を経ても患者数が横ばいである。実際に精神疾患の患者総数を底上げしているものは、うつ病アルツハイマーなのである。(6)

(6)

自殺とは、英語表記で Suicidal Behavior :SB と書き、おそらく今後かなりの問題となる。精神疾患に罹患している人間は、自殺のリスクが高いのである。そして精神疾患罹患率は増加の一途を辿っており、世界中においては罹患者数がもっとも多い疾患となっている。2010年には世界中に1億8390万時間の損失生存可能年数があり、精神障害および物質使用障害者が原因であった。1990年から2010年にかけてDALYは上昇しており、精神疾患者の早死が問題となるだろう。疾病負担は、感染症COPDよりも高く、もっとも疾病負担の高い疾患なのである(7)。

ただし、自殺率が上昇するかどうかは、統計の結果をみると断言はできない。うつ病を悪化させた最終段階が自殺であるとは定義できず、社会的な文化や経済状態におおきく左右されるため、的確な予測というものはたてづらい。証拠として、1990年付近の日本はバブル景気であるし、1900年から1930年にかけて自殺率がもっとも高かったドイツは、国内情勢が常に不安定であった。終戦後から高度経済成長期に至るまでの時期には、日本が自殺率がもっとも高い国であるし、ソ連崩壊直後のロシアは自殺率が急上昇して世界一位であった。社会の仕組みが大きく転換する時期に、自殺率が上昇している。日本はここ数年にかけては減少傾向にありが、これも社会の影響を如実に受けている結果であろう。

(11)

以上の結果より、主要死因の中で自殺が占める割合がどのように変化するかは予測できない。むしろ社会情勢によるところが大きく、医学として予測する必要性がないという見方もできるだろう。

ただし、うつ病の罹患者が上昇していることは間違いが無く、死因ではなく有病率でみれば、精神疾患の罹患者がもっとも多い。メンタルヘルス障害の有病率と自殺率は相関しないので、精神疾患の患者数が増えることが自殺率の上昇には直接関連するとは考えにくい。たとえば、2003年にアメリカにおいてメンタルヘルスの年間有病率は26.4%で、これは世界一位であったのだが、自殺率は諸外国よりも低い結果である。(12)

ただし、これは精神障害の治療効果を過小評価するものではない。死因で観察するのは疫学的な手法であるが、障害調整生命年 disability-adjusted life year :DALY で評価すると、精神疾患のDALYは脳血管疾患を抜いて1位である(13)。その経緯としては、従来まで感染症が占めるDALYの割合が高かったのであるが、感染症は予防もしくは治療できるようになったため、潜在していた精神疾患のDALYが占める割合が上昇することになったのである。DALYは健康被害が圧倒的に大きいことを意味している。

精神疾患罹患率は上昇し、その影響は死亡率ではなく社会的な経済損失として拡大していくことが予測される。

日本は圧倒的に精神病棟の数が多く世界中を見ても異例の多さである。その入院者の半分以上は統合失調症が占めるのであるが、近年は多少は減少傾向にある。

一方で西洋は精神病棟数が少ないのであるが、2007年のEUにおける認知症コストは1650億ポンドで、その70%は家族の無償介護などをふくむインフォーマルケアによる機会損失であった。(14)

つまり、日本が異常に精神病患者が多いというのではなく、治療の場として精神病棟か家庭のどちらかを選んでいるという話に過ぎない。厚生労働省の検討会は、精神病棟の数を減らす方向で議論をすすめている(15)。これが、隔離政策の縮小に繋がるであろうが、精神疾患の疾病負担を家庭に分配するだけなのではないかとも見れる。大切なことは、精神疾患を確実に治すことであり、そのためには医学が行うべきことは精神疾患の生物学的な研究が重要なのである。

上記までは、自殺や精神疾患の社会影響 environmental influencesについてみてきた。次は、個人の生物学的影響 subject's biology についてみていきたい。

James Watson によれば、精神疾患を理解するということは脳を理解するということに他ならないという(1)。実際にその通りである。脳の中で、どのように記憶が保存されているのか、それは一つの細胞の中なのか、それとも複数の細胞が関連しながら行われているのか。また、人間の決断という思考行動は、どのような細胞のまとまりで行われているのか。細胞同士のネットワークによって高次機能が行われているとして、大脳には数百億個の細胞、小脳には千億個の細胞がある(2)。それらが互いにネットワークを結ぶ場合の数は、可能性としては天文学的な数値になってしまう。あまりに複雑で、根本的なことがまったくわかっていない。つまり、どのように細胞同士が連携をとると高次機能が獲得できるのかということがわからない。感情の居所などは、その顕著な例である。

脳の高次機能がわからない状態であるから、高次機能が障害された状況についても、多くがわかっていない。医学における最大の問題は、脳がわかっていないということであろう。脳がわからなければ、Alzheimer's diseaseや精神疾患を治療することができない。現に精神疾患については、世界中で罹患率が上昇しているし、臨床試験の結果を見ると、精神薬とプラセボとの差がなかったり、実際の臨床において死亡リスクが上昇する例すら報告された(4)。

そこで、2013年JAMA Psychiatryに報告された内容では、1990年から2011年までに承認された向精神薬について報告した論文を再調査した(5)。具体的には、論文の結果同士を精査しながらあつめて検討し、統計学としてはより密度の高い正規分布を得た。このような手法を、メタアナリシス metaanalysisと呼ぶ。

結果は、気分安定薬抗精神病薬などは死亡リスクを下げていたが、四環系抗うつ薬は死亡リスクが2.0倍に上がっていた。こういったことがあるので、向精神薬の承認や治療計画の策定は、より注意深くなければならない。

とはいえ、死亡リスクを下げる薬は存在はしている。ちなみに、抗精神病薬とは、統合失調症 Schizophreniaや躁鬱病 bipolar disorder に用いられるもので、向精神薬とは精神疾患に使用されるすべての薬の総称として区別されている。発音が似ているのでしっかりと区別しなければならない。

この試験において、一般人口の全死亡率と精神疾患罹患者の死亡率を比較している。その結果,統合失調症は1,249人(95%CI 1,029~1,469),うつ病は1,045人(同844~1,246),双極性障害は1,000人(同654~1.346),不安障害は222人(同28~416),ADHDはゼロであった。

これらを、死亡リスクをオッズ比 Odds Ratio :OR で算出する。オッズ比は確率同士の比で検証するために用いられている。この試験では、全人口の死亡率を分母として、精神疾患者の中での死亡率を分子として計算する。

結果は、統合失調症は3.8倍、うつ病 Major depression は3.1倍、双極性障害は3.0倍と、おおよそ一般人口より3倍死亡しやすい(5)。

精神医学の一番の問題点は、疾患の的確なバイオマーカーが存在しないという点である。

脳がわかっていない以上、精神病によって脳の回路が変化しているのか、それとも水溶性や脂溶性の化学物質の放出に変化があるのか明確な基準がない。科学的な明瞭性が不在のままなのである。

そのため、DSM-5という言語性の統一基準をつくり、精神科医が問診をおこなうことでカルテを作るという手法が取られている。つまり、対人的にコミュニケーションをとり、受診者の言語応答や態度を観察し、過去の気分的な症状を聞き取り、それらを記入するという作業でカルテが作られる。DSMシリーズには疾患にあわせた要件が書いてあるので、カルテの内容からDSMを照合して疾患が診断される。

一番の問題は、問診が科学的ではなく言語性なので、精神科医の技量で内容が変化する点である。問診の結果によって診断内容が変わるので、すなわち治療方針が変わるのである。これは誤診が発生することと、誤診を防ぐ手だてすらないことを示している。

過去の気分的な症状など患者の気分次第で幾らでも変わってしまうという主張もある。

また、うつ病のモデルマウスも存在しているが、「マウスのうつ病と、人間のうつ病が同じなものか」と疑問を呈する精神科医も居る。つまり、精神が霊長類レベルの高次機能であるとするならば、マウスに投与して薬の有用性を確かめている現在の医学は、方向として間違っているということである。

さらに難解な問題として、人間の脳は、生きたまま実験で切り開くことなど不可能であるし、死亡解剖の時点で脳の機能は失われているので、解剖学的な研究には手法的な限界がある。とはいえ、脳の物理的な構造をみなければネットワークの構造そのものが理解できないので、解剖学的な手法を過小評価することは危険である。(1)

今後の医学としては、非侵襲的な脳の研究手法と、ゲノム解析の手法が取りうる。

名古屋にある生理学研究所定藤研究室では、fMRIを二台用いることで、コミュニケーションを取る際の脳内の活動について研究している。非侵襲的な脳の研究手法として、MRIは脳の血流変化を検知して脳の機能領域を調べることができる。これは解剖学的な手法に近い。(8)

また、精神疾患有病率がある特定の遺伝子変異によって変化するという報告が、近年多く発表されている。うつ病について、コピー数多型によるものが報告されている(9)。自閉症スペクトラムには遺伝要因と環境要因が同等に含まれているという(http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2014/M47240361/)。また、DNAメチル化によって統合失調症の病態生理に関わっている。脳内の主要な神経栄養因子であるBDNFがメチル化されているという。そうなると、脳内において神経伝達の機能が障害されるだろう。エピゲノム解析の利点は、末梢血の遊離DNAを調べることで統合失調症かどうか判断できる点である(10)。つまり、バイオマーカーにできるのである。さらには個人のエピゲノム解析は、テーラーメイド医療に発展させる可能性も含んでいる。

ヒトゲノムは既に明らかになっているので、疾患者のゲノムとの相違を検討し、その遺伝子がどのような機能を持っているのかを調べるという逆遺伝学の手法が有効であろう。これらの方法で、バイオマーカーを設定することは将来可能かもしれない。

結論として、精神疾患の解明は、脳内の神経伝達物質やタンパク質など、分子レベルでの欠失はゲノム解析や逆遺伝学の手法でこれからも探求していけるだろう。一方で、解剖学的に脳の物理的な構造をみなければネットワークの構造が理解できない。脳がネットワークを構築する発生時期に着目するなど、脳の発生生物学を集中して研究することが有効である。次のブレイクするーは、解剖学的な手法でもたらされるのではないかと、James Watonの発言からは示唆される。(1)

Ref.

1, 『知の逆転, 吉成真由美ほか, NHK出版新書, 2012』

2, http://www.brain.riken.jp/jp/aware/neurons.html

3, http://www.tonegawalab.org

4, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19144938

5, http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1733743

6, http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/data.html

7, 世界の疾病負担研究2010 GBD2010 より。詳細はhttp://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46410031/を参照のこと。

8, http://www.nips.ac.jp/fmritms/

9, http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press_20131224_01.pdf

10, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46240161/

11, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2774.html

12, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2140.html

13, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2050.html

14, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2011/M44510111/

15, http://blog.goo.ne.jp/tenkansisetu/e/7b61ae11105b43c2c3c5509528ca7d7e

 

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (悪性新生物)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。 notion: The resources on this site should not be used as a substitute for professional medical care or advice.] 20世紀までの主要死因は、高齢化によって駆動され、悪性新生物や肺炎が上位を占めるようになった。 今後の21世紀にはどのように変遷することになるのだろうか。これは予測の域にはなるが、私たちは今後の医学や医療の方向性をある程度は定めていかなければならないので、信頼できる予測を立てる重要性が大きい問題である。 James Watsonは、悪性新生物の問題については解決ができるとの見解を示している。がんの基本は既にわかっているのだ。 悪性新生物を解決するという事は、すなわち細胞を知るということに他ならないと主張している(1)。悪性新生物とは、細胞が無限に増殖してしまい、他の組織を圧迫してしまったり、他の組織に浸潤してしまう疾患である。これは細胞増殖の制御の機構が破綻することで発生するのである。これは、細胞分裂をコントロールする遺伝子、例えばATMやPTEN、HER2やp53などのあらゆる遺伝子が報告されていて、これらの機能が欠失することで起こる。この遺伝子の発現と細胞増殖サイクルの関連性が、DNAを分子レベルで解析する分子生物学の手法で明らかになりつつある。分子生物学は、細胞増殖サイクルのメカニズムが分子レベルで判明させられるので、細胞増殖の指令系統を分子レベルでブロックする計画が立てられる。具体的に、分子標的治療薬というがん細胞のみに著効性がある治療が可能となりつつある。 彼は「がんは対処できる寸前にある」(1)と指摘している。対処できるというのは、受け手には完治させられるという意味にもとれる。彼の予測とその理屈は信頼がおけるだろう。何故なら実際にそれが可能となりつつある。 証拠は、PROFILE 1014という国際的な臨床試験の結果である。その中でアジアというサブグループで解析した結果が、2014年の7月に行われた第12回日本臨床腫瘍学会学術集会で報告された。(2) ELM4-ALK融合遺伝子という変異が発見され、ALK-TKというタンパク質変異を明らかにされた。その治療薬がALK阻害薬クリゾチニブである。これは間野博行という日本人が主導で開発した。これが特定の種類の肺がんを完治させる可能性がある。具体的にはALK陽性の非小細胞肺がんに効果があり、例えばpfizer社がザーコリという名称で販売している薬である。 臨床試験での薬の評価基準として、薬投与から後の観察において、症状が悪化することなく、かつ生存する期間から割り出す方法が一般的である。この期間を、無増悪生存期間 progression-free survival :PFS と呼ぶ。全ての被験者のデータを合わせると、平均期間から正規分布をするはずなので、その中央値で評価するのが方法となる。そこで、薬を投与しないプラセボ placeboの群とPFSを比較したり、従来の治療法の群とPFSを比較する。 上記の報告では、クリゾチニブと比較して、従来の治療法である化学療法と比較している。細かくは、化学療法はペメトレキセド+シスプラチン35例(44%),ペメトレキセド+カルボプラチン45例(56%)であった。 無増悪生存期間は、クリゾチニブが13.6ヶ月で、従来の治療法が7.0ヶ月である。これが意味することは、新薬によって従来法よりも半年程度は症状を食い止めることが期待できる。 (2) クリゾチニブの著効は、24ヶ月以上も無増悪生存期間を持つ手段が全体の3~4割いるという点にある。この集団は、グラフの推移を見ると、20ヶ月を過ぎたあたりからずっと横ばいに存在しつづけているので、今後も減ることなく存在しつづけると予測することも出来る。ずっと無増悪生存期間が続くというのは、寛解しているということである。つまり、このALK陽性小細胞肺がんについては、ずっと元気のままでいられる可能性のある集団であり、言い換えれば完治の可能性のある集団である。 悪性新生物とは、すなわちがんの事である。日本では最近まで「癌」と標記されていたが、日本語特有の問題として不穏な雰囲気を惹起する文字であるため、厚労省の勧告によりがんと標記するようになった。日本の独立行政法人のひとつに、国立がん研究センターというものがあるが、標記はひらがなを使用しているのである。 悪性新生物は死因の最上位であるが、年齢調整死亡率で調整すると減少傾向である(3)。統計の結果からは、50年や100年単位で先を見て行くと、減少傾向が続くことが読み取れる。EML4-ALKの発見と臨床試験の結果がそれを裏付けているし、分子生物学の産みの親であるJames Watsonの知見もそれを支持している。 以上の理由から、今後の21世紀において悪性新生物は減少すると予測して良いと、私は考えている。 すなわち21世紀の医学は、分子生物学に造詣のある医学研究者を多数育成する必要がある。それぞれのがんについて分子標的治療薬を開発する駆動力を保ちつつ、対処できるがんの領域を拡大していく試みになるだろう。 Ref. 1,『知の逆転, 吉成真由美ほか, NHK出版新書, 2012』 2, 第12回日本臨床腫瘍学会学術集会(7月17~19日,会長=福岡大学腫瘍・血液・感染症内科学教授・田村和夫氏), 近畿大学内科学教室腫瘍内科部門教授中川和彦氏のプレナリーセッションの内容に拠る。 詳細はhttp://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2014/M47330111/を参照のこと。 3, 前日にも紹介した。前項もしくはhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2080.htmlを参照のこと。  

主要死因の変遷 _ ~2000年

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1950年代までに感染症を予防できるようになると、その下に潜んでいた死因や、潜在的な死因となりうる疾患が台頭することになる。

代表的なものは、50年代から急増した脳血管疾患である。また、80年代からは悪性新生物が集団の中でもっとも大きな割合を占める疾患となった。心疾患が悪性新生物と平行するかのように二位に付けている状況で今日に至る。

はじめに、心疾患と脳血管疾患を取り上げる。

原因として、食生活の変化とライフスタイルの変化が重要である。これは必然的な帰結で、高エネルギーで高脂質な食事を採れば、肥満や高脂血症を招き、結果として動脈硬化を引き起こす。血管が詰まるという大血管障害 macroangiopathyをもたらし易い。これは社会が裕福に変化することでもたらされているのである。その証拠に、本来であれば心疾患も脳血管疾患も、慎ましやかな生活で予防することが可能なのにも関わらず、死亡率が上昇している(1)。

つまり、2000年以降の医学の課題とは、これらを解決するためのメタボリズムの研究であるということだ。高カロリーをとり、通信技術の発達により高ストレスにさらされる生活が続き、代謝が乱れている。タンパク質ばかり採るようにとか、脂質は採っても炭水化物は採らないとか、様々なダイエット法の情報ばかり溢れている今日はあまりよろしくない。的確にメタボリズムを制御できる医学があって良いし、そのためには生化学の手法で代謝動態を詳しく研究する必要があるだろう。(2)

悪性新生物については、年齢調整後の死亡率は、実際には横ばいである(1)。

年齢調整死亡率 age-adjusted mortality rateとは、母集団における年齢分布を考慮する計算方法による算出値である。

年齢分布を考慮しない計算方法の場合、通常の死亡率の計算になり、

MR = q / N

ここで、qは全体の死亡数で、Nは母集団なので全ての年齢の人間の総数である。

年齢調整をかける場合には、世代ごとの死亡数があるので、

ade-adjusted MR =  ¥frac {1} {N} ¥Sigma_{i=1}^{k}  n_i ¥times p_i

ここで、pは死亡率を示す。最高齢もしくは最高年代の世代を、n=1からn=kまでで設定しているのである。 ¥Sigma_{i=1}^{k}  n_i =N である。(3)

補正する前と後では以下の違いがある。年齢調整後の死亡率が横ばいであるという事実は、悪性新生物が占める死因割合の上昇は、高齢化であるということを意味している。

この高齢化が重要で、50年代以降の疾患とは高齢化によって顕在化してきた疾患が占めている。その証拠として、80年代以降から肺炎による死亡率が再上昇していることがわかる。これは、主に誤嚥性肺炎の確立が高齢者になるほど上昇するからである(4)。他にも、高齢では肺炎の初期症状である熱や咳、痰の症状が顕在化しにくいため、診断した時にはすでに重症化しているケースが多くなる(4)。

つまり、2000年以降の医療の課題は、高齢者への的確な医療提供システムを構築することである。

ちなみに、肺炎による死亡者が上昇している現状への対策として、日本では2014年10月より、高齢者の肺炎球菌ワクチンの定期接種の制度が導入される。

Ref.

1, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2080.html

2, James Watsonの知見に拠る。詳しくは『知の逆転, 吉成真由美ほか, NHK出版新書, 2012』の項中を参照のこと。

3, http://ja.wikipedia.org/wiki/年齢調整死亡率

4, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2014/M47360261/

主要死因の変遷 _ ~1950年

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主要死因の歴史的変遷は、医学および医療の進歩を物語っている。

もっとも明らかな事実として、免疫学の発展や医療設備の充実とともに感染症に起因する死亡率が激減したということである。

主要死因別死亡率の図からわかることは、肺炎球菌 S.pneumoniaeなどの感染に起因する肺炎、NorovirusやCampyrobacterなどに起因する胃腸炎、そして結核などの感染症は、20世紀初頭の主要死因であった(1)。肺炎の1919年付近における死亡率の突出は、1919年に世界流行したスペイン風邪によるものである。これらの感染症は、第二次世界大戦の終結後から急速に姿を潜めている。

歴史的な変遷はどのようになったのだろうか。

20世紀の死因一位で追うと、00年から22年までにおいては気管支炎とあわせて肺炎である。その後胃腸炎となる。30年代後半からは結核となり、50年代に収束する。

腸炎が多いのは、年間あたり300人程度死亡するような、食中毒発生の高い国であることも起因しているようだ(2)。

感染症が収束するためには、複数の要件が必要である。個人の免疫力を高めるために、栄養状態や衛生環境の向上という社会的要因が貢献しただろう。これは予防の観点において有効である。また、感染した患者の治療には、抗生物質やサルファ薬といった細菌の増殖を抑制する薬が貢献できる。さらにBCGといったワクチンによって、感染症の発症自体を予防できるようになった。

結果として、20世紀前半までで、感染症による死亡率を劇的に抑えることに成功したのである。

Ref.

1, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2080.html

2, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1964.html