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Journey of Nobel Prize for Medicine

ノーベル生理医学賞のすべてを少しずつ追う旅

1962 "for their discoveries concerning the molecular structure of nucleic acids and its significance for information transfer in living material"

The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1962

Francis Harry Compton CrickJames Dewey Watson and Maurice Hugh Frederick Wilkins

"for their discoveries concerning the molecular structure of nucleic acids and its significance for information transfer in living material"

DNAが2重螺旋の構造をとり、その塩基は片方がadenineであればもう片方がtymineと推定できるーーこれはかなり有名な論文(NATURE, April25-1953)で、わずか1ページ程度ではあるが、従来学術誌で提唱された三重螺旋構造を化学的に二つの誤りがあるとして修正した重要な議論である。DNAがどのような化学構造を取るのかが問いになり、ある学者が三重螺旋を提唱した。しかし、それは訳せば以下の二つの誤りがあるという。

1, X-ray diagramによればDNAは遊離酸ではなく塩であり、鎖同士が保持されるにはacidic hydrogenが必要である。負電荷のリン酸が炭素軸の近くにあれば互いに反発しあうだろう

2, いくつかのvan der Waals力がかなり小さく設定されている

要するに三重螺旋は、リン酸基が軸の近くにある為に糖が外側を向いていたのだが、その構造は化学的に間違いであると述べた。DNAは五炭糖であるdeoxyriboseにリン酸と塩基がついている。そのどちらが外を向いているか決着をつけた、といっても、あくまでもモデルによる推定でありこの論文には

"So far as we can tell, it is roughly compatible with the experimental data, but it must be regarded as unproved until it has been checked adainst more exact results."(NATURE, April25-1953)

と丁寧な文章がある。「まぁこのモデルで間違いないと思うけどね」と自信満々に語りかけてくるかのようで、どちらかといえば超強気な発言。こうも強く言われてはヒトの情として反発を生むというか、そうなのかと鵜呑みにするか、もしくは無視してしまうしかない。事情がどうなのかわからないが、この論文は発表されてほとんど無視されて五年が過ぎた。発言のその根拠は論文の最後に紐解かれるようである、つまりこのモデルであればDNA複製のメカニズムが説明できるという自信の表れか。

一方でこんな考察もあり、

"It is probably impossible to build this structure with a ribose sugar in place of the deoxyribose, as the extra oxygen atom would make too close a van der Waals contact."(NATURE, April25-1953)

ということは、五炭糖はモデルの構築する理想的な状態と呼んでいいなら、デオキシリボースでしかありえない。実際そうなのだ。しかし、リボースでも二重鎖可能であることは今日ではわかっている。どんな論文でも推定が外れることはあるものだ、probablyと言うくらいなのだから正しい保証などしないのであった。

また、訳せば以下の推測があった。

3, 二重鎖は水分が多く含有されていることから、水分保有量が少なくなれば塩基が傾いて構造がよりコンパクトになると予想できる。

これは、今日におけるA-DNAと呼ばれるものだ。結局、DNAはその巻き方の違いからA-DNA、B-DNA、Z-DNAの三種類が見つかることになる。彼らの"expect"は正しかった。

A-DNA - Wikipedia

(こちらに三種類の違いとモデルが載っている、とてもわかりやすい) 

 

論文末には抜け目なく

"It has not escaped our notice that the specific pairing we have postulated immediately suggests a possible copying mechanism for the genetic material."(NATURE, April25-1953)

と書かれており受賞の後者理由の元となっている。対応する塩基が一意に決まるのでこれが明らかにDNAコピーの仕組みになっていると。この一文に私は凄みを感じた、DNAの構造を提案する仕事は確かに重要ではあるが、その提案をしたら次に何が明らかになるかをCrickもWatsonも直ちに考えていて、すぐに頭に思い浮かんで"immediately suggest"されたということだ。いうなればここが科学者の嗅覚、いや第六感、本受賞における思考的ハイライトはこの瞬間にあったのだ。科学者なるのであれば一つのデータが出ればその次その次をどんどん演繹し"immediately"とは言わずとも"can suggest"ぐらいいくらでもされるよう、常に物事を考えておくべきという良い教訓になる文だ。

本論文の内容はJames Watsonが貴重にも一回TEDに出演したビデオからもある程度聞ける。TEDに消されなければ下で見れるだろう。

ジェームズ・ワトソンが語る「DNA構造解明にいたるまで」 | TED Talk | TED.com

なぜ彼らが成功したのか、私が思うに理由はひとまず次に羅列できる。

4, 三重螺旋構造を提唱したPaulingとCoreyが親切にも論文発表前に原稿をWatsonに見せた。

5, WatsonとCrickは化学者なので、構造を正解に導いた。

6, x-ray diagramがDNAで解析済みで、そのデータの意味を正しく把握した。

後の二つは非常に理解しやすい理由で、化学と結晶構造解析を知っていたかどうかなのだが、ではWatsonはもともとシカゴ大学で動物学専攻だったのにどうしてそれが可能だったのか。上のTED Talkによれば鳥類学者を目指していたらしい。それがいつのまにか化学も結晶構造解析も応用している。自分の得意分野だけで物事を解決するよりも、いかに問題を早く解決するか、そのためにpragmaticな姿勢であらゆる学問の中から必要なものだけを学ぶことが彼の長所なのではないか。

三番の理由についてPaulingとCoreyはかなり謎である、というのも案外この理由が本論文の作成に最も貢献したと思えるからだ。PaulingとCoreyは論文提出の時点では三重螺旋に自信を持っているだろうが、発表後には様々な方面から見られ、中には化学をしているヒトがその間違いに気づいてPaulingに連絡をとったかもしれない、そうすれば彼らが論文を訂正して二重螺旋で発表もできた可能性がある。それをどうしてかPaulingの息子がWatsonに見せたらしい。するとTED Talkの中で"It was crap"とバカにされたように、おそらくWatsonはそれに元気付き独自に正しい構造を見つける手がかりになった。

このことから科学者は正しい人脈を職業柄家宝にするべきだとわかる。多くの日本のPh.Dが海外にそれもアメリカへ留学するのは、Journalのエディターや前線にいる科学者とコネクションを持つためであると教えてくれた教授がいたが、全くその通りである。しかし、本当に大切なアイディアは最後の最後まで人には言わないことである。

 

目次

Journey of Nobel Prize for Medicine

 

目次

1900s to 1930s  (2017年より執筆)

1940s to 1970s  (2017年より執筆)

1980s to 2010s  (2017年より執筆)

 

おまけ

1. 実験医学序説を読んで (2014年10月執筆)

2. 日本主要死因の変遷(2014年9月執筆)

5.1 Claude Bernard 実験医学序説 (1865)

[5. 古典書籍について  いくつかの医学や研究論における古典を紹介する。

多くの人間は古典から学ぶという観点が欠けており、人類が貯蓄してきた英知のうまみを全て享受できているかどうか、大いに疑問である。科学の最大の利点とは、文学とは異なり、知識や技術を全人類的に貯蔵できるので、年数を経るごとに確実に学問が進化する点である。そのため、ある分野についての認識が18世紀に居たある科学者よりも劣っているという、本来的にはあやまった科学者としての姿に堕すことは在ってはならない。

本項では、正しい科学者となるべく、過去の著名作についての分析および考察を目標として各論を展開する。]

5.1 Claude Bernard 実験医学序説 (1865)

「生物たると無生物たるとに論なく、自然現象の存在条件には絶対的のデテルミニスムが存在する」という文脈を持つ。これは、René Descartesが著書『方法序説』の中で指摘していた思考方法のなかで、生気論と呼ばれるものを排除するという進化を遂げたことを意味する。生気論というものは、人間を含めた生物には物理や化学を超えた特別な法則性によって動いているという論であり、Claude Bernardに言わせれば「医学的迷信」であるものである。実際、Descartesの存命の時期は17cで、Bernardの存命の時期は19cである。Bernardは、生命とて科学法則のみで動いているのであって、生気論と呼ばれるような例外はないということを示したのであった。

それでは、医学はどのような方向性になるのかと言えば、無機界の現象の複雑度は有機界の現象の複雑度よりも「はるかに少ない」のであり、故に無生物を研究する学問がより早く構成された。その上で、有機界においても、細胞内や生体内の内部環境は、物理法則や化学法則によって動かされている外部環境とは異なるものの、連関して動いていると指摘する。外部環境とは、水、温度、空気、圧力、有機物質などの条件であると例証されている。そして、内部環境は複雑ではあるが、細かく単純化して実験を重ねることで、確定的もしくは厳密な法則性によって動いていることが理解できると説明している。つまり、神秘主義懐疑論に陥ることなく(懐疑論については実際にBernardが文中で用いている)、正確に実験していくべきであるし、そうすることが医学においても必要であると。

その具体的な内容として、内部環境において再現性を規定するための有機化学が挙げられている。筆者が考える注目すべき点は、この著作は1865年に出版されたものであり、遺伝情報がどのように細胞に保存されているのかという分子生物学の観点は無かったという点である。現代の普通の科学者においては、遺伝子の機能を明らかにするという単純作業ばかりにふけってしまっており、有機化学を探求する重要性を忘れている者が多い印象がある。Bernardがこの著作の中で明確に述べているが、物質の物理化学的性質を支配する法則は「生命発展の指導理念」であると述べている。「指導理念」とはデテルミニスムの言い換えと判断して差し支えないが、この指導理念自体を忘れているのではないかと思われる分子生物学者も少なくない。つまり、遺伝子が発現する物理化学的条件についての詳察が圧倒的に不足している。下線はBernardが述べているのではなく、私がBernardの言わんとしている内容を汲んで発展的に説明しているのである。なぜなら、一つ目に遺伝子という概念はBernardの生きていた時代にはない。二つ目に、Bernardは著作中にて「生命の発現に必要欠く事のできない物理化学的条件の他に、生物科学の真髄である固有の生理的発育的条件」(第二編二章の二。岩波文庫, 1976年第12刷発行で164頁)を考えなければならないことを指摘している。固有性をもつ生命の真髄とは、今なら分かるがゲノムのことである。一方で、その前説にあたる物理化学的条件の理解が、今圧倒的に不足しているのであろうが、それが生物学者のコミュニティーの中において厳密に認識されているのか、大いに疑問が残る状態であろうと私は考えている。

さて、続いて生命物質の法則を知る為には「生体解剖を行わなければならない」と指摘しているのも、本書の重要な点である。タイトルである『実験医学序説』の存在の根幹にある理屈である。ここで、「傷害実験」と「治療的実験」の違いを知っておくだけで、本書の本筋は理解できたと言ってよい。本書には簡単な歴史的経緯が紹介されており、紀元前には、囚人に阿片を飲ませて効果を調べるとか、ガレンが猿や豚に傷害実験を行ったなどと書かれている。今でも、遺伝子を破壊してその遺伝子の機能を調べることは日常茶飯事であるので、この紀元前にあった傷害実験といわれるものは、医学においてはずっと続いているものであると言えよう。Bernardによる定義は「傷害実験とは、身体の一部分を傷つけたり破壊したりあるいは切除したりして、その結果起こって来る障害からその部分の作用を判断しようという」ものである。

治療的実験は、その人にとっては害のみになるような実験を決して人間において実行しないという原則の上で、患者の利益になるようにと治療をする中で実験をすることは差し支えないというものである。外科医がだんだん手術の成功率が上がることが例になる。「害のみを生ずるようなものは禁ずべく、無害のものは許さるべく、有益なものは奨励さるべき」という理屈である。

この原則については、一点だけ現代と異なる点を理解する必要があろう。この観点では死後の人間にとっては害という概念がなくなるというもので、たとえば「死刑囚の婦人に、ひそかに腸寄生虫の幼虫を嚥下させた」り、斬首直後の罪人の生体組織の研究をすることを「完全に許される事でもあると思う」とBernardは言っている。現代であれば、どちらも事前に本人の承諾書が必要であるし、寄生虫を嚥下することはたぶん誰もしないし、つまりはBernardの論には自己決定権の発想がない。これは時代柄もあるだろう。自己決定権以前に、19c中頃は功利主義が流行った時代である。

結論としては、生体解剖を行って生理学もしくは病理学をふかめなければ成らないという主張をしている。生理学と病理学は、背反する二つの要素であり、共に生体内に宿っているものである。これも重要な点であろう。正常な生体を解剖することでは「生理学」に新しい一ページがきざまれ、病んだ生体(もしくは病んで死後の生体)を解剖することでは「病理学」に一ページがきざまれるという明晰な帰結である。そしてまた、実験生理学(もし言い換えるのであれば実験病理学)は解剖学、動物学、物理学、化学といったあらゆる科学を参照しながら進むため、「真に活発な生命科学というべきもの」だとすら述べている。ここも非常に重要な主張なので、覚えておくべきである。

さて、おまけとしてle determinisme(デテルミニスム)の哲学的な側面ついて述べる。おまけというのは、本来Bernardは実験医学は哲学とは分離して考えるべきと考えていて、「科学において最大の発見をなしたものは、ベーコンをもっとも知らなかった人たちである」(ジョゼフ・ド・メートル)の言葉を引用している程である。科学的な方法は実験室の中でのみ習得されるということである。

le determinismeはフランス人には馴染みの深い言葉であるらしく、決定に対する個人的影響を否定して全面的なモチーフの因果律によって説明する哲学体系を指す。自由意志や偶然を排するという意味が深い。本書は生物現象デテルミニスム論であるというわけだ。医学界のDescardesと呼ぶ者もいる。(※)

ちなみにBernardは若いころは劇作家をめざしていて、ある劇作家に作品を持っていったところ才能がないといわれ、医者になった人物である。このような実験に対する理論書を執筆できたり、もしくは執筆しようという動機を持ちえたのは、彼が文筆の才がある程度あったか、もしくはそれに慣れ親しんでいたからかもしれない。これはあくまで推測である。

※  三浦 岱栄の発言による。岩波文庫, 1976年第12刷発行の解説にて。

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (理想の医学)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。 notion: The resources on this site should not be used as a substitute for professional medical care or advice.] 主要死因の変遷について、今回にかけてまでさまざまな事象を取り扱った。1950年代までに起こった感染症の歴史や、50年代から2000年にかけておこった高齢化の問題まで。そして今後の主要疾患についての死因縮小の予測をたてた。予測を立てて実行することは、よりよい社会を作る為に必要である。つまり、医学や医療の最終的な理想像を思い描かなければいけない。理想を描けて初めて、よりよい状況を創造するための力を得るのである。 もっとも良い理想というのは老いたときに使う医療費がゼロな事である。これは間違いがない。(1) 今後、世界レベルにおいて益々と超高齢化が進んでいく。たくさんの老人の面倒を見なければならない時代になるので、老いた時に医療費がかからないことがもっとも望ましい。 これは医学的に言い換えれば、老衰で死ぬ人間が死因の大半を占め、不慮の事故、小数の自殺という順位で死因が続く状態であろう。この状態においてはある特定の疾患にかかったとしても、薬をのめば必ず治ってしまう状態である(2)。そのため、最終的な死因が老衰になるのである。そしてこの状態においては、脳の機能の多くが解明されたために、精神疾患を完全に治療することができる。そのため、不慮の事故や自殺とった事象が減る。自殺は社会や文化、そして宗教の影響を受けるが、医学が及ぼすことができる影響として、精神疾患者の苦悩を取り払うことができる状態である。 この状態になるまで何年かかるのだろうか。James Watsonは脳の機能解明には100年のスケールが必要であると述べる(1)。実際に医学や生物学がもっとも明らかにしなければならないのは脳の発生や機能の解明であるので、この研究に数世紀がかかるということである。 脳の構造は他の組織よりも遥かに複雑であるので、医学の学問としての姿勢は、これらを解決するための研究手法の開発や優秀な研究者の育成にもかかっているだろう。 Ref. 1, 『知の逆転, 吉成真由美ほか, NHK出版新書, 2012』

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (DALY指数への変換)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。

notion: The resources on this site should not be used as a substitute for professional medical care or advice.]

2000年以後においては、がんが次第に克服されていくと予測した。また、大血管障害は本来であれば適切な代謝管理で予防できるはずであり、その治療方法は生化学的な手法を用いた研究によって解明されるべきであると説明した。つまり、肥満をどのように解消するかというメタボリズムの問題である。肺炎は高齢化によってその罹患率が再上昇してきたが、高齢者への多価ワクチンの定期接種が今年10月から始まり、きめ細かい医療システムの構築によって抑えることができるはずである(1)。この上位4つの疾患が克服され、最終的には老衰が死因の最上位となるのが理想なのである。

その上で、2000年以後においては死亡という観点ではなく、機能障害によって個人の生活が障害されたり、また社会的な損失がもたらされるケースについて考えなければならない。James Watsonは「より老年を楽しめるようにしていかなければならない」(2)と述べている。脳の失調をきたすことで老年は確実に楽しめなくなるし、疾病にかかることで生活に支障をきたす事もある。

日常的に介護を必要とすることなく、自立した生活がおくれる期間のことを健康寿命と呼ぶ。なにかしらの疾患にかかることで介護が必要になる場合があるが、最終的に息を引き取るまでには期間がある。これはどの人間にとっても共通なので、平均寿命と健康寿命の平均値の差というものが、平均的な健康ロスの期間であると言える。日本においてその期間は10年程度である。(3)

1990年にHarvard UniversityのMurrayとLopezによって考案され、その後2000年にWHOでとりあげられた指数にDALY : disability-adjusted life year がある。従来は経済性を計るために開発されたものであるが、これは個人の健康ロスの期間も示している。計算方法は平均寿命から健康寿命を引く事で求められる。

DALY =平均寿命 expected life years  -  健康寿命 healthy life (4)

このDALYには、疾患にかかったために死亡したために短縮された期間 (Years of life loss: YLL)や、疾患にかかって身体障害を有している期間 (Years Lived with Disability)が含まれている。前者を寿命ロス、後者を健康ロスと言い換えると都合が良い。

(4)

このDALY値を指標にすることで、健康ロスの大きな疾患が何かを調べることができる。

つまり、死亡率で判断していた従来の方法からDALY指標へと変換すると、健康ロスの大きさを考慮した順位で並び替えることができる。また、YLLとYLDの比率を見る事で、より健康ロスにつながりやすい疾患を探すことができる。2000年以後においては、健康ロスを改善することが求められるであろう。

たとえば、脳血管疾患や虚血性心疾患を発症すれば、脳に麻痺の後遺症が残る可能性がある。また、うつ病認知症は健康ロスが大きい。

(5)

結論として、DALY指標によって医学の成果を確認していく必要があるだろう。

その上で、重点的に解決しなければならない疾患は、うつ病統合失調症アルツハイマーなどの神経精神疾患である。また、慢性閉塞性肺疾患や関節リウマチも重点的に研究し、寛解できるような治療法を確立する必要がある。糖尿病も大きな問題になる筈で、特に現在のアメリカは肥満問題が深刻化しているので、代謝についての研究も急務である。

Ref.

1, 前回の項を参照のこと。

2, 『知の逆転, 吉成真由美ほか, NHK出版新書, 2012』

3, http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/zaitaku/dl/zaitakuiryou_all.pdf

4, http://en.wikipedia.org/wiki/Disability-adjusted_life_year

5, http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2050.html

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (不慮の事故)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。

notion: The resources on this site should not be used as a substitute for professional medical care or advice.]

2000年以後においても、様々な外因により死者が出るだろう。

震災や戦争が発生すると、物理的な原因によっても死者がでるものの、感染症が蔓延することがある。第二次世界大戦後には、結核の流行が予想されたので、日本へBCGが届けられた歴史がある。東日本大震災の後には、肺炎球菌ワクチンが提供された。岩手、宮城、福岡三県の70歳以上の高齢者へ無料接種(1)。このように、災害が起こったあとには感染症への対策を迅速に行うことが最大の予防につながるのである。

不慮の事故の中には、精神疾患が誘因となるものも多い。てんかん睡眠障害うつ病の状態において運転をすることで事故を起こす確率はあがる。依存症にしても、アルコール中毒患者が運転を強行することもあるし、薬物濫用で死亡した場合には一般的に事故死として分類される(3)。

細かい各論として、不慮の事故と医学的な疾患との結びつきがあるだろう。

重要なことは、不慮の事故は日本の死因の6位であるということである。この中には、日頃から注意をしていれば防げたものが数多くあるであろう。また、犯罪に巻き込まれて死亡するケースも多いのである。生活態度に基づく注意不足は医学や医療でカバーしきれない範囲もあるので、2000年以後の社会においてより事故が減らせる世の中を作ることが大切である。

以下はアメリカと日本の死因を比べたものである。2014年現在において、日本の脳血管疾患と肺炎の順位は逆転している。日本では一年に4万人が事故死しているのである。

(4)

Ref.

1, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2014/M47360261/

2, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46410191/

3, http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtnews/2013/M46410031/

4,http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1303/1303005.html

 

主要死因の変遷 _ 2000年以後 (神経疾患)

[project A では、疾患についての説明を軸として展開します。生命科学の知識を応用して記述できるようになることを目的に、その概要を記します。そのため、臨床的な医学アドバイスを行うものではありません。 notion: The resources on this site should not be used as a substitute for professional medical care or advice.] 2000年以後の主要な変化は、超高齢社会になるということである。国民の平気寿命が上昇し、国民全体における高齢者の占める割合が上昇する。結果として高齢者に特異的に罹る疾患の占める割合が上昇するであろうし、その疾患に対する対策が急務なのである。その主要なものはアルツハイマー病 Alzheimer's Disease :AD である。 ADの有病率は、若年齢の人口においては希少であり0.25%を下回る。ところが、高齢者の定義である65歳を超えると加速度的に上昇をはじめ、75歳以上では5%を超え、85歳以上では20%を上回る(1)。75歳を後期高齢者と呼んでいるため、特に後期高齢者において罹患確率が高いといえる。 (1)(1) 加齢に随伴する疾患で恐ろしいものは、アルツハイマー病 Alzheimer's dieease である。もしくは、認知症 dementiaであったり、特に老年における精神疾患であるかもしれない。つまり脳の機能異常や不全に関連する有病率の増加である。脳血管性認知症 vascular dementia :VD も高齢者の方が罹患確率が高いが、より高いのはADもしくはDementiaである。(1) (1) 日本国内における統計の結果でも、アルツハイマー病および認知症罹患率は上昇傾向にある(2)。1970年から2005年にかけて報告された罹患率のデータから推測すると、確実に罹患率は上昇しているのである。 どちらの疾患も直接主要死因に登場してくるものではない。事故死を誘発する疾患であるには違いないが、それよりも社会損失をもたらすものである。実際にJournal of Alzheimer's Diseaseによると、2007年における認知症のコストは1650億ポンドであった。その70%はインフォーマルケアによる機会損失であり大きな社会損失となっている(3)。 うつ病の罹患者数が上昇して社会問題になり、その一方ではアルツハイマー病と認知症の罹患者数が上昇して問題となるだろう。これは、2000年以降により超高齢化が進むという状況に即して進むものと考えられる。 (2) Ref. 1, 新潟大学脳研究所の説明に拠る。以下の二資料より作成しているとのこと。詳細はhttp://www.bri.niigata-u.ac.jp/~idenshi/research/ad_1.htmlを参照。
  • 宮永和夫, 米村公江, 一ノ渡尚道, 大塚俊男, 笠原洋勇, 熊本俊秀, 郡暢茂, 千葉潜, 長瀬輝誼, 永井正規, 西島英利, 山崎学. 日本における若年期および初老期の痴呆性疾患の実態について. 老年精神医学雑誌, 8(12):1317-1331. (1997)
  • 大塚俊男, 柄澤昭秀, 松下正明, 河口豊. わが国の痴呆性老人の出現率.老年精神医学雑誌, 3(4) : 435-439. (1992)
2, 新潟大学脳研究所の説明に拠る。以下の資料より作成しているとのこと。詳細はhttp://www.bri.niigata-u.ac.jp/~idenshi/research/ad_1.htmlを参照。
  • Nakamura S, Shigeta M, Iwamoto M, Tsuno N, Niina R, Homma A, Kawamuro Y. Prevalence and predominance of Alzheimer type dementia in rural Japan.Psychogeriatrics. 3:97-103. (2003)